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家族も「がんサバイバー」

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私は出産後、母に子どもを預けて仕事を続けていました。御多分に漏れず、保育所に入所できなかったからです。そんな時、母の病がわかりました。緊急入院し、慌てて駆け付けた時、母が言った言葉が「〇〇ちゃんの面倒をみられなくなってごめんね」でした。重ねて「誰にみてもらう?」と。「そんなこと気にしなくても大丈夫だから」と答えながら、親が子どもを思う気持ちの深さに心で泣きました。その後、友人のお母さんをはじめ、多くの方から子どもの面倒をみてあげると声をかけていただき、ほんとにありがたかったことを覚えています。でも結局誰にどう預けていたのか、記憶が定かではありません。ただただ日々必死でした。

今、幼い子どもさんを育てながら、自らも治療を行い、その上仕事も続けているという患者さんもおられることでしょう。あの嵐のような日々を生きておられる方がいるんだなあと思うと心が痛みます。何よりお子さんのことが気がかりだと思います。それでもまずは、自分の体をいたわってほしいと思わずにはいられません。

 

「家族と病情報の共有を」(2016年4月号掲載)

私はかつて母をがんで亡くし、その後自身もがんになりましたが、両方の立場を経験して思ったのは、家族も、患者と一緒に病気と向き合うことが大事ということです。

母の場合、本人に病状を伏せていたこともあって、父と姉、私の心は病院通いで疲弊していきました。悟られてはいけないという緊張感と悪くなっていく病状、その上隠していていいのかという葛藤も加わり、心的疲労はたまる一方だったからです。

患者と家族が病気について共に学び、話し合うことは大切で、告知が当たり前になったことは、患者と家族を分離させない点でも大きな前進になったと思います。

さらに家族体験は続きます。母を亡くして間もなく、今度は夫が検診で「間違いなくがんなので、入院先を考えておいてください」と言われたのです。子どもも1歳と幼く、かつ知らない土地に引っ越してすぐということもあって、夫から報告を受けた私は、食事が喉を通らなくなりました。当事者の夫に私の方がなぐさめられる始末です。その後何の問題もないことがわかり、2週間でがん家族生活は終わりましたが、まさに検診のデメリット体験でした。

振り返ると、家族の病の判明は、自分がかんだと言われた時よりもショックだった気がします。自分の体や心のことならよくわかるし、なんとか制御もできるけれど、家族のこととなると不安ばかりが募るからです。

そこで私は検診で再検査になってから、夫や子ども、姉には、逐一状況を話すようにしました。自分が家族の立場なら、検診を受けた時、また再検査となった時から現状や気持ちを聞いて、もしもの時の受け入れ準備を一緒にしていきたいと思ったからです。

すい臓がんで亡くなった、ジャーナリストの竹田圭吾さんが生前、「検診を受けた時から、がんだった時のことを考えておくことも大事」と語っておられましたが、その通りだと思います。そして同時に家族も、患者と同じ歩みで考えておくことが大事なのではと思います。

近年は日本でも、がん患者のことを、「がんサバイバー」と称するようになってきました。「がんサバイバー」とは、がんの診断を受けたすべての人と定義される、米国で生まれた概念です。治療を継続している、していないに関わらず、がんと診断された時から「がんサバイバー」となり、そこには家族や介護者も含まれます。

家族も「がんサバイバー」なら、早い段階から病気についての情報を患者と共有し、一緒に乗り越えていくべき存在なはず。ですから患者も遠慮せず、家族を巻き込んでいいのです。

私もこれまで、主治医から聞いた話や調べたことを丁寧に伝え続け、せっせと家族を巻き込んできました。その結果、家族の病気への関心がより強まり、理解も進んだ気がします。そしてたくさん話すことで、私自身も、そして家族の気持ちも落ち着いていきました。重ねて近しい友人にも、病気について詳しく話してきました。その後一人の友人は、要精密検査になりましたが、これまでより落ち着いて受けられたと報告してくれました。

がんについて正しく理解する人を増やせば、「がんサバイバー」が生きやすい世の中になります。そのためにも、まずは自分の近しい人から取りこんでいければと思います。

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