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病気報道と報道の自由

time 2016/10/18

病気報道と報道の自由

今年6月、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻で、フリーアナウンサーの小林麻央さんの闘病がメディアで取り上げられ、本人やその家族が望まない形で広く知られてしまいました。

その後麻央さんは自らの言葉で、今の自分を伝えるブログを始めています。気負いのない素直な言葉でつづられる、詩のように凝縮された文章は、厳しい現実に向き合ってこられたからこそ書けるものばかりです。

週刊誌の闘病暴露記事が出た後、多くの非難の声が上がりましたが、それらの意見に対し、あるジャーナリストが「報道の自由」を盾に、この報道の正当性を述べているネット記事を読みました。とても違和感がありました。

要旨は、「普段報道によって恩恵を受けている者が、都合の悪いことだけ報道するなは違う。これを自粛することは報道の自由の精神からはずれる」といった内容だったと記憶しています。

「報道の自由」は何が何でも守っていかなければならない大事なものだと私も思います。けれど今の日本でそれが本当に守られているかは疑問です。政権の都合の悪い内容は、忖度(そんたく)という名のもとに、どんどん少なくなっている現実はどう解釈すればいいのでしょう。いろいろな暴露記事を書いている週刊誌が、大手芸能事務所の意向は慮る、これはどうなのでしょう。自社に書いてもらっている作家の問題はスルーする、これも営利企業だから当然のことなのでしょうか。

報道の自由を守るために闘うべき対象はたくさんあります。なのに「報道の自由」という正義をふりかざす時はなぜか、力を持たない弱い人たちに向けられていることが多いように思うのは私だけでしょうか。

病の公表は、有名人であってもその人の判断を尊重しなくてはいけません。特に今回のようにお子さんがいる場合はなおさらです。まだ親の病気について子どもに伝えていない段階で広く報道されれば、どれだけの弊害が出るか。

親の病を子どもにどう伝えるかはとても難しい問題です。伝え方や伝える時期は、それぞれの家庭が悩みに悩む、とてもセンシティブなことだからです。子どもの年齢、性格、子どもの置かれている状況など、配慮すべきことは山ほどあります。それを一メディアが乱暴に、そして勝手に行うのはあまりにも無謀なことです。

今この事例は、麻央さんがブログで発信するようになって、結果オーライになりつつありますが、これが当たり前にならないよう、報道する側は振り返りと反省が必要だと思います。

「報道の自由」というと、何でも報道できることのように錯覚しがちですが、報道しないという、強い意思も必要になります。誘拐事件などでは、人質の命を優先するために報道協定が結ばれることがあります。これなどまさに強い意思を持った「報道しない自由」で、自由を手にしているからこそできることです。

今回の病気報道も同じように考えてもよかったのではないでしょうか。病気報道こそ慮りのあるものであってほしいです。

 

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さかゆうプロフィール

さかゆう

さかゆう

しゃべり手 たまに書き手。 ネット問題に取り組む消費生活アドバイザーでもある。母親を希少がんで亡くし、自身も 2014年に乳がん発覚。手術を行い 現在経過観察中。                      

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